立志には小さな事実と小さな目標が大切

メドレー楽曲を聞きながらシエスタ(文化的なものじゃなくただの昼寝)をとっていたら、普段、思い出しもしないような記憶がフラッシュバックした。

今日はその話。

メドレー楽曲からフラッシュバック

メドレー楽曲は様々なジャンルの曲を強制的に聞かせてくる。これがランダム刺激となり、フラッシュバックしたのであろう。

それから数分フラッシュバックが続き、それが終わるとすぐにベッドから飛び起きた。

ベッドから飛び起きると、ホワイトボードに思い出せる限りを書き込む。そして、連想する。

 

    立志術___低い目標

       \__高い理想

 ランダム刺激___メドレー楽曲___ジャンルがバラバラ

       \__フラッシュバック___様々な感情

 

忘れていた志

フラッシュバックのなかで最初に思い出したのが、「知的トレーニングの技術」という本の最初の見出しである「立志術」。

私は日々、ルーティーンをこなすだけで、何のために生きているのかわからなくなっていた。将来の不安があるにもかかわらず、マンネリズムを感じた私は、大切な作業に真剣に向き合えないでいた。

 

はて、「立志術」とはどんなものだったか。おもむろに本を出して開いてみる。

・自分の全生涯にわたる知的プランをできるかぎり明確にしておきたい

・志は高くもつ

・声を大にして自分の志を公表する

「知的トレーニングの技術」花村太郎 立志術(p.022-p.032)太字部分

苦しい過去を思い出した私は、高き志をもち、それを周囲に宣言し、自分なりのプランをこなしていく……そう誓ったはずだった。

 

それがなぜいつの間にか忘れていたのか……

 闘病経験

話は変わるが、私は数年前に体調を崩し(命の危険はないが生活破綻するような病気)、さらに生活は昼夜逆転し、その昼夜逆転も努力では治らなくなってしまった(それについては、概日リズム睡眠障害という病気であるらしいことがわかり、その治療法に沿って色々試したらマシになったのだが、その話はまたの機会に)。

その経験で知ったことは、病気の治療で大切なことは、焦らずに少しずつ治していくということ。

 

例えば昼夜逆転の話。

半年頑張って20分安定して早く起きられるようになったとする。そしたら、私は盛大に喜ぶことにしている。

もちろん20分起きるのが早くなったからといって、健康な人と同じに生活はできない。

それでもである。たとえ20分であっても、改善したという事実が大切である。

 

普通に考えれば、

6時間健康な人より後退したリズムで生活している人がいるとして、

20分早くするのに半年かかっていたのでは、6時間戻すのに9年かかる(これは順調に行ったとして、である)。

これは絶望である。

なぜなら、最低9年は仕事や学業に支障が出たままだからだ(戻すのに体に負担がかかるため)。

9年といえば、高校3年・大学4年・大学院修士2年で9年である。9年という時間で健康な人ではこれだけのことがこなせる(かもしれない)。

と、このように考えるのが普通である。

 

しかし、である。この「半年」という時間は、短くすることができるかもしれないではないか。

効率を上げる、そのために必要なこと、それは考えることである。

 

起床時刻が20分早くなるまでの過程を考える。

その要素、一つひとつについて、検証を繰り返す。

すると、次第に早くするために必要な要素が明らかになるではないか。

 

じれったい。疲れる。生きる意味がわからなくなる。でも生きる。

「20分早くなった事実」という希望があるから。

検証していけば、いつかは

辿り着く(かもしれない)。

 

小さなことも大切にしなければいけない。

小さな目標。

大いに結構。

 閑話休題……

閑話休題、なぜ志を忘れたのかといえば、プランを考えるに値する「事実」が足りないからではないだろうか。

つまり、

「やればできる」

という事実が足りないのではないかと思う。

 

小さな目標を立て、それを達成する。

「達成した」

という事実が出来上がる。

そうすれば、プランができる。

将来の見通しも少しはたつというものではないだろうか。

 

その後私は宣言としてブログを開設することにした。

 ※疲れたのでここまでにする。ランダム刺激については後日書くかも。